バカであることは悪である

 言いたいことを要約したらこんなセンセーショナルなタイトルになってしまったが、それを説得するためにこの文章を書くのだから問題はないだろう。

 

勉強しろとは言うけれど

 そもそもなぜ子供の頃から口酸っぱく親に「勉強しろ」と言われるのだろうか?子供に教育を受けさせるのは親の義務だから?将来役に立つから?興味関心のある物事を見つけるため?

 答えはいろいろだが、私の言葉でそれらの答えを集約するならずばり、「勉強しないと損をするから」だ。

 

 損をするといっても、「あの人は英語を勉強したから外国人とコミュニケーションを出来て羨ましい」といった自分は得られない他人が得たメリットに嫉妬するのとは違う。これも広義には損と言えなくもないが、これを含めてしまうと話の趣旨が変わってきてしまうのでここでは割愛する。

 ここで語るのは騙されることについてだ。

 

バカは騙されやすい

 意図的な情報操作、各種詐欺……世の中にはズル賢いヤツらがわんさかいる。人を騙すことで生計を立てる不埒な輩もいる。バカはそういった連中の餌食になる。

 

 バカには色んな意味があるが、最近は「自分の頭で物事を考えない人間」を指す言葉として使用されるケースが増えているように思う。情報を受け取った後、それが正しいかどうか考えない人が多い現代社会にふさわしい使われ方と言える。(このエントリー内ではこの意味で使っている)

 

 これらの被害に遭うのは一個人が自分の頭の悪さ故に不利益を被る自業自得の所業だ。ここまでなら別に「バカであることは悪」ではない。

 

マスゴミが無くならないワケ

 マスゴミ偏向報道や情報操作をするメディアを揶揄するこんな言葉がある。

「マスコミは責任をもってその情報を発信すべきであり、それを放棄するなんてゴミクズも同然だ!」

 情報を発信する者に責任を問う、という意味では至極真っ当な言葉だ。(実際にそういう意味で使われているかはさておき)

 

 だが残酷なことに、発信する側を叩くだけでは我々の不利益は払拭できない。受け取った情報をそのまま鵜呑みにするバカな一般市民が一定数存在するからだ。

 振り込め詐欺も同じだが、結局損をするのは我々一般市民だ。それらを根絶するのに出る芽を摘んでいく方法だけでは到底間に合わないし、被害は免れない。個人個人が自覚し、自らを改革していく必要がある。言い方は悪いがバカな一般市民が多くいるからこそ、メディアは平気で印象操作をするし、バカな一般市民がいなければ、マスゴミなんてものは存在し得ない。

 最近はネットで市民の声が見れるようになり、より感情論に寄り添った偏向報道をメディアが行うようになっている。もはやメディアの自浄作用は期待できない。マスゴミを無くしたいのなら、一般市民の意識改革は必須だ。

 

無責任な情報拡散は悪である

 上で話した一般市民の意識改革は何もマスゴミの廃絶のためだけに必要なわけではない。バカな一般市民が多数派を占めることで、マスゴミのような情報の正確さ、中立性を担保しない存在を野放しにしてしまう。この”存在”の中に我々一般市民も含まれる。

 

 今の情報化社会、一度世の中に放たれた情報はネットを中心に加速度的に拡散されていく。それが真実であろうと、デマであろうとだ。

 そんな中で「デマと知らずに拡散しちゃいましたー」と言って、果たして許されるのだろうか?個人個人が社会に与える影響力が増したのなら、責任も重くなって然るべきではないだろうか。

 無責任に情報を拡散して正しい情報の拡散を阻害したとしたら、それは立派な悪行 であると私は考える。そして、バカであり続ける限りこの”自覚なき悪行”はいつか必ず行ってしまう。

 

 頭を使うことから逃げるのは大いに構わない。だがそれによって人に迷惑をかける可能性があることぐらい、せめて自らの頭で考えてほしい。

 

 一度広まったデマを訂正するにはとんでもない労力が必要になるのだから...